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2012年10月16日火曜日

マタギ

宮大工、伝統的な工芸、芸能など日本の伝統を継承していかねばならない世界では、若い後継者を確保し育成していくことが、厳しい状況となっている。例えば、伝統的な工芸の世界で一人前になるためには、少なくとも10年の修行が必要だといわれる。戦前までは、小学校を終えるとすぐに伝統工芸の師匠の下に弟子入りして修行を始めるのが普通だったそうだ。 戦後の高度経済成長によって、国民の所得水準が飛躍的に伸び豊かになると同時に、教育への関心が高まり、ほとんどの子供が高校に進学するようになった。また、工業化を果たした日本には、それほど修行しなくても、見習いの頃から給与がもらえる職業がたくさん生まれ、旧来の徒弟制度の下で、弟子に満足な給与もし払えない伝統工芸の世界に進む若者が激減してしまったのも時代の避けがたい必然.だった。そうした後継者不足という危機的な状況に追い込まれている伝統的な仕事の一つに”マタギ”という職業がある。

”マタギ”とは、もともと主に東北地方の山間部で伝統的な方法を用いて行う集団猟を生業としている狩猟者集団を指す言葉だそうだ。 山の神に対する信仰が厚く、狩猟で山に入る時は、里の言葉とは違った特別な”山言葉”を使い、狩猟期におけるさまざまな禁忌、獲物の分配方法や、山の神への儀礼などが伝承されている。狩猟対象は熊を中心にシカ、イノシシなどで、冬眠中の熊を狙う独特の猟を考案した。猟は”タテ”と呼ばれる手槍を主に、犬を使い、罠猟や、穴ごもりの中のものをおびき出す方法、大規模な共同の狩り(巻狩り)などの方法で行われた。巻狩りの場合、”シカ”と呼ばれる親方のもと、山小屋に泊まり、集団で生活を共にした。獲物を追い込む”セイゴ”、合図を送る”ムカイマッテ”、銃を撃つ”ブッパ”などで構成され、”シカリ”の指図に従い、それぞれが沢、山の中腹、尾根などの各持ち場につき、谷を巡って、獲物を追い出し、尾根で仕留めるそうだ。狩猟期は、冬と春で、毛皮や編笠を被って何日にもわたって山に入り、夏と秋は、山菜やきのこを採ったり、熊胆を作ったり薬草から薬を抽出したりするそうだ。

多くのマタギは、山への敬意を持って狩猟を行った。自然への畏敬の念と感謝の心を持ち、無責任な乱獲は行わなかったので、環境と生態系は、破壊されず、保護されていた。

厳しい雪山の自然の中で、命懸けで猟を行ってきたマタギは、神に対する厚い信仰心と独特の精神世界をもっている。”山は山の神が支配しており、熊などの動物は、神様からの授かりもの”という信念のもと、数多くの禁忌、独特の風習、慣例、儀礼行事(矢先祝い、矢開き、毛祝、血祭り、血祓いなど)がある。 ちなみにマタギの信仰する山の神様は醜女であるとされ、山に女性を入れることは神の怒りに触れるため、女人禁制の掟がある。

マタギが狩猟で得た毛皮や熊胆は高値で取引され、新潟や秋田には、かって、マタギだけで構成されている村が多数存在したらしいが、近年、人口の急激な増加に伴い、山野の野獣が激減したことにより、狩猟で生計を立てることが難しくなっているらしい。加えて、命懸けの厳しい仕事であることから後継者不足の問題もあり、現在では職業としてのマタギは、殆ど行われておらず、伝統の継承が危ぶまれている。(一部引用ー”13歳のハローワーク” 村上龍)

自然への感謝と畏敬の念というマタギの精神世界と信仰心は、アイヌのそれと共通するものがある。マタギが猟で使っている山言葉には、アイヌ語由来と思われるものが多くあるという。こうしたことを考えると彼らは、古代、大和朝廷によって征服され滅ぼされたという ”エミシ”という狩猟民の末裔なのではないかというロマンに駆られてしまう。(”エミシ”と”アイヌ”の継りについては不明であるが、エミシの残存が中世以降に”エゾ”(アイヌ)と呼ばれるようになったのではないかという説がある。)

最近では、競争社会、組織や人間関係のしがらみから逃れて、脱サラしてまであえてこの危険な仕事に転職するユニークな人もいるらしい。



マタギの掟、山言葉については、こちら





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