著作権について

このブログでは、著作権保護の対象となっていない画像のみを掲載しています(著作権保護の対象となっている可能性のある画像についてはリンクのみを表示)。著作権保護については細心の注意を払っておりますが、万一、お気づきの点がありましたらお知らせください。







2015年4月7日火曜日

シンシア レノンーBeatles の陰で、波乱万丈な人生に振り回された女性

今月1日(日本時間2日)、悲しいニュースが飛び込んできた。 かの有名な故ジョン レノンの最初の奥さんだったシンシア レノン(旧姓パウエル)さんが他界された。75年の生涯の中で4度の結婚と別れを経験され、最期は癌との短くも果敢な闘病の末、スペインの自宅で愛息ジュリアンに看取られたという。

音楽評論家の湯川れい子さんの”シンシアの人生はきっとお辛いものだったでしょうね。”というつぶやきが印象的だった。私も彼女の死を知った時、真っ先に全く同じ言葉が心に浮かんだ。

中学生の時、母と一緒にビートルズの映画を観に行き、初めてスクリーンの上で見たジョン レノンはとてもハンサムでカッコよく、一目ぼれしてしまった。 その時、既にビートルズは解散していて、ジョンは何年も前にシンシアと離婚してヨーコと一緒になっていた。 ジョンは、とんぼ眼鏡がトレードマークになったビートルズ後期以降よりもそれ以前の裸眼でいた若い頃の方が圧倒的にかっこいいと思った。 そんな時期にジョンと熱烈な恋愛をして常に傍にいたというシンシアさんがなぜかとても羨ましかった。  若い頃の彼女は物凄く美人だったが、(写真でしか知らないが) ジョージ ハリスンの最初の妻のパティ ポイドやストーンズのミック ジャガーの当時の恋人のマリアンヌ フェスフルのような人間離れした超絶美女ではなく、どことなくあか抜けない芸能人らしくないところに親しみと好感が感じられた。彼女は謙虚で人柄も素晴らしかったので、ビートルズの他のメンバーや側近のみならず、ビートルズファンの間でも評判が良かった。ビートルズファンによる彼女自身のファンクラブまで結成された程だ。多くのビートルズファン、ジョン レノンファンに愛され、皆がジョンとシンシアの円満で幸せな家庭生活が永く続く事を願わずにはいられなかった。

シンシアの突然の死に際し、小野洋子さんが彼女への追悼とジュリアンへの励ましのメッセージをfase bookで公開したところ、世界中から非難のメッセージが送られ、不評を買っているらしい。悲しみの気持ちを率直に表明したというのに、それだけでバッシングを浴びるとはお気の毒である。 ヨーコとジョンの過去の無神経な言動がどれだけシンシアの感情を踏みにじったものだったかを思うと、非難の声にも一理あると思わざるを得なくなる。 ”ジョンはヨーコと出会って本当の愛を知った”とか”ヨーコのために書いた曲は沢山あるが、シンシアのための曲は全然ない。”などともっともらしく言われているが、これらは、全く事実ではなく、何者かの悪意すら感じる出鱈目な話である。シンシアさんの半生記の中に、若い二人の熱烈な純愛物語が散りばめられていて、微笑ましいエピソードも多数語られていた。ジョンが書いた初期の曲の中に紛れもなく彼女に書かれた作品で、今もなお、瑞々しい輝きを放っている作品が多数存在すると思う。 ただ、ジョンがLSDという薬物に溺れてからは、二人の精神状態や価値観の溝が修復不可能なほど深まってしまった。そこで、ジョンがヨーコの様な自由奔放な女性に遭遇して、彼女の悲劇が忍び寄ったのである。 良い性格と純粋さが災いしたのか、身勝手な男達に振り回され何度も結婚と離婚を繰り返すはめになったが、最期までジョンへの思いは捨てきれない一途で不器用な人だったと思う。

 シンシアさん、天国でジョン レノンと再会したのでしょうか? 苦しみの多い人生だったでしょうが、ずっと息子さんに付き添われ、安らかな最期を迎えられたことは私達にとってもせめてもの慰めです。あなたが逝ってしまった後、世界中のビートルズファンが悲しんでいます。 多くの人々に愛されたシンシアさん、どうか安らかに.......











ジュ リアン レノンによるシンシアの追悼サイト