先日、ついに小保方晴子さんが疑惑後、初めて、記者会見に登場なさいました。想像していたより若く見え、とても可憐で可愛らしい方でした。質問の時間も充分にあり、それぞれの質問にも丁寧に答えられていましたが、 彼女の説明に納得いかなかった方は少なくないと思います。 理研の捏造、不正認定を覆すために、自分の口から弁明したいと宣言していたのに、肝心の論文の問題の部分の説明を素人の弁護士に丸投げして、その専門家であるご本人は、横で頷いて聞いておられるだけでした。記者の質問も3,4人の例外を除き、問題の核心に迫るものは出ませんでしたが、鋭く突っ込んだ質問には、あいまいにお茶を濁し逃げられたという印象でした。一部のおじさん方には、”可愛いい”とアピールしたかもしれませんが、オバサンにとっては、ちょっと誤魔化されたような印象を持ちました。(笑) ”200回もstap細胞の作製に成功している”と、返答されましたが、その証拠を示すデータやサンプルなども示されませんでしたので、少し違和感の感じる科学者の記者会見でした。
私の頭の中は粗雑にできているので(笑、笑)論文上の 捏造、改ざん、貼り付けといった不正(専門家にとっては重要な問題なのでしょうが)には、あまり興味がありません。実験での捏造、不正によって導かれた偽りの結果が示されていないかと少し疑っています。
小保方さんと理研の両方に胡散臭さを感じていますが、理研に対して3点程疑問に感じていることがあります。一つ目は, 実験での捏造、不正が認定されていない段階で(このことに関して理研が再現実験に1年かけて検証するといっているが)調査の最終報告をまとめ、論文上だけの問題で小保方さんに対して、研究不正があったと認定して処分を検討している点、、二つ目, 小保方さんのSTAP細胞の論文に用いられたSTAP幹細胞から、その細胞の多能性を証明するために人工的に作られたというキメラマウスなど、STAP細胞の存在を示す有力なサンプルが現在も理研に残されているそうです。最新の機器を用いて、遺伝子分析すれば2週間という短期間で、それらがSTAP細胞”由来なのかどうか、つまり本当にSTAP細胞から作られたのかという問題の核心部分を、簡単に鑑定することが可能なのだそうですが、、現在のところ、理研はこの調査を ”STAP現象があるかないかの観点から無意味” として頑なに拒否しています。3つ目は、実験で、捏造、不正があったか否かを検証する再現実験のリーダーが、その論文の共著者で実験を小保方さんと共に行った当事者であること。 ”stap細胞現象”というものに懐疑的な第三者が担当する方が信頼を得られるのではないでしょうか。
小保方さんを”研究不正”と認定するからには、論文の画像捏造よりも、小保方さんの行った実験に捏造、不正がなっかったか、またれによって偽りの結果が導かれていなかったかをしっかり検証、調査して最終報告として公表することが大事だと思います。そのために理研がまずやらなければならないことは、残されたサンプルの遺伝子解析をしてそれが本当に、”stap細胞”由来のものなのかを明かにすることです。(このことは多くの専門家が指摘しています。)それをやらずに再現実験だけを行って、仮に一年後に、 ”stap現象の存在を確認しました”という発表を聞かされてとしても、また、胡散臭さを感じることでしょう。 この実験に関して、理研はstap細胞作製のために外部からのアイデアも求めていますが、仮にそれでstap細胞なるものが作られたとしても、その実験が、小保方さん達の行った実験が捏造だったか否かを判定するものになるのですか? 不正がなされていなかったか否かを検証しなければならない再現実験を、国民の税金を使って、理研の名誉回復あるいは、存在しないことを証明するのは不可能といって逃げ切るための実験にすりかえているような気がするのですが.......
もし論文だけでなく”stap細胞”そのものまで捏造だったとして、それが国民に知れ渡ると........その怒りの矛先は一斉に理研という組織に向けられるでしょう。 自分達の保身のために四苦八苦しているような気がしてなりません。
今後の再現実験でもし、stap細胞なるものが作成され、それが万が一、それを待ち望んでいる人々に光と幸福を与える物に発展するのなら素晴らしいことです。 けれども、まずその前にするべきこと(封印してしまったものを解析して公表する。)をするべきだと思います。 今年の一月末、この”夢の万能細胞”発見のニュースを知った時、去年他界した母のことを思わざるを得ませんでした。 四半世紀にわたって脊髄の神経を犯される難病と苦闘した挙句、度重なる重篤な病に力尽きました。 こんな夢のような物がもっと早く発明され実用化していたら...........涙を流し身の潔白を訴えた小保方さんに世間の同情が集まっているそうですが、stap細胞の発見という知らせに希望を持ち、そしてこの騒動によって失望させられた病気と闘っている人達こそ同情されるべきでしょう。
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2014年4月12日土曜日
2014年4月2日水曜日
あるのかないのかわからない
理研の調査委員会が昨日ようやく ”stap細胞”の論文の捏造を認定しました。そしてその不正は筆頭著者の小保方さん単独で行われたと最終結論を出しました。このstap細胞の研究と論文は理研の他の著名な研究者と共同でなされましたが、他の研究者も小保方さん同様、雲隠れしているようです。私達外部の者は、こんな燻った状況から組織ぐるみの不正を疑わざるをえないのですが.......関係者以外、誰にもわからないですね。
但し、調査委員会は あくまで論文の捏造および不正を認定したに過ぎず、”stap細胞”の存在については任務の範囲外としました。この実在を検証する再現実験を理研内部で1年間かけて行うとか。存在するのか否か判らない不確かな物の実在を検証するのに国家予算と時間と労力が費やされるなら、UFOやエイリアン、地底人、心霊などの実在が疑われる物の検証もしてほしいものです。(笑) この1年で何か凄い魔法でも見せてくれるのでしょうか。(ちなみにこの研究の詳細を記録しているはずの実験ノートが3年間で2冊しか存在しないそうです。) ひょっとしたら、我々は何も知らないだけで、これは、何やら怪しげな物に公金が注ぎ込まれている氷山の一角の一例かも知れへんな.......???
但し、調査委員会は あくまで論文の捏造および不正を認定したに過ぎず、”stap細胞”の存在については任務の範囲外としました。この実在を検証する再現実験を理研内部で1年間かけて行うとか。存在するのか否か判らない不確かな物の実在を検証するのに国家予算と時間と労力が費やされるなら、UFOやエイリアン、地底人、心霊などの実在が疑われる物の検証もしてほしいものです。(笑) この1年で何か凄い魔法でも見せてくれるのでしょうか。(ちなみにこの研究の詳細を記録しているはずの実験ノートが3年間で2冊しか存在しないそうです。) ひょっとしたら、我々は何も知らないだけで、これは、何やら怪しげな物に公金が注ぎ込まれている氷山の一角の一例かも知れへんな.......???
2014年3月27日木曜日
彼女はサイエンス? (she blinded me with science)
最近の”stap細胞”騒動には本当にイライラさせられます。私は、”stap細胞”だとか”stap幹細胞”とはどんなものなのかよく理解していませんが、このことに関して多数の疑義が生じているにもかかわらず、小保方氏は、依然としてその革命的な万能細胞の発見を主張しており、また彼女を支えている理研という組織も捏造を認めようとしていません。その新型の万能細胞の成功が本物なら、なぜ、小保方氏や彼女の上司でその論文の共著者の人物が表に出てその正当性を主張しないのですか? 革新的な発見を世界中の科学者に向けて証明、主張する論文の中で、発見を証明する根幹となる画像がなんと小保方氏の3年前の博士論文で使われていた画像の使い回しで、しかもそれはstap細胞とは全く関係のないものでした。この一つだけを取ってみても、科学オンチでアタマの悪い私にでも、限りなく捏造に近いことは直感的に解ります。
理研はこの問題についてまだ調査中ですが、のらりくらり時間かせぎ をして、その間に、私達大衆の関心を他へ向けるなどして薄れさせ、やがてうやむやにして忘れさせようという企みなのでしょうか。それとも、更にとんでもない仕掛けで私たちの目を欺こうとしているのかも.......
この研究に対して多額の国家予算が割り当てられようとしているのです。公金詐取の疑いなどで マスコミには厳しく理研を追及してほしいものです。またしても税金がとんでもなく無駄遣いされているかも知れないのに、いまだに ”長い目で見守ってあげましょう”といった意見があるのは理解できません。今朝のA新聞の関連の記事の生ぬるい論調には少しイラつきました。
東日本大震災によって引き起こされた原発事故の際、地震発生当日にメルトダウンしていたのにもかかわらず、2か月間もの間、国民には全く知らされず、東電と政府はこの事実を隠蔽していたのです。
再び、ヒットラーのある名言(?)を思い出しました。 ” 大衆は小さな嘘には敏感だが、大きな嘘には鈍感である。”
理研はこの問題についてまだ調査中ですが、のらりくらり時間かせぎ をして、その間に、私達大衆の関心を他へ向けるなどして薄れさせ、やがてうやむやにして忘れさせようという企みなのでしょうか。それとも、更にとんでもない仕掛けで私たちの目を欺こうとしているのかも.......
この研究に対して多額の国家予算が割り当てられようとしているのです。公金詐取の疑いなどで マスコミには厳しく理研を追及してほしいものです。またしても税金がとんでもなく無駄遣いされているかも知れないのに、いまだに ”長い目で見守ってあげましょう”といった意見があるのは理解できません。今朝のA新聞の関連の記事の生ぬるい論調には少しイラつきました。
東日本大震災によって引き起こされた原発事故の際、地震発生当日にメルトダウンしていたのにもかかわらず、2か月間もの間、国民には全く知らされず、東電と政府はこの事実を隠蔽していたのです。
再び、ヒットラーのある名言(?)を思い出しました。 ” 大衆は小さな嘘には敏感だが、大きな嘘には鈍感である。”
2014年1月11日土曜日
元祖、シンガーソングライターかパンクロッカーか?
先日、テレビのお正月の特番で、100年前の東京に住むある若い夫婦の日常生活をドラマ風に再現した(したつもり)ものを見ました。その中で特に興味を引いたのは、街頭に立って、自作の歌を披露していた演歌師といわれた人でした。そのドラマに登場した演歌師の名前は忘れましたが、実在した歌手だと思います。貧困や生活苦など当時の庶民が抱えるフラストレーションを歌っているので、その歌に共感を持って聞き入る多くの人々に取り囲まれていました。 これが日本の流行歌、大衆歌謡、j-popの原点ではないかなと思ったりしました。
演歌というと独特のこぶしをきかせ、日本人特有の情念や抒情を込めて歌う大人の歌というイメージが強いですが、オリジナルは何と ”演説歌”だったそうです。明治時代に政治を批判、風刺する目的で生まれたプロテストソングで、演説に関する取り締まりが厳しくなった19世紀末に、演説の代わりに歌を歌うようになったのが、演歌の始まりだとか。 明治時代、自由民権運動の活動家が、自分達の演説、メッセージを歌に託して民衆に伝えた街頭活動が演歌とその歌い手である演歌師の発祥だそうです。最初は、路上ライブのように声を張り上げて歌っていましたが、やがてヴァイオリンで弾き語りをしたり、歌詞カードを売ったりして、徐々に音楽的に洗練されたものも出てきたようです。
歌詞の主な内容が権力への風刺ゆえに、演歌師への弾圧が厳しくなるに従い、次第に歌詞の内容だけでなく音楽的にも抒情的なものに変化していきました。日本の伝統音楽である小唄、都都逸、民謡などを習合したものに西洋音楽をミックスして音楽的に多様になりました。歌の内容も男女の関係や人情の機微を哀愁を帯びた短調の曲想で歌うといったスタイルが定着するようになり、こうした流行歌に対して、戦後、政府は歌謡曲という言葉を作りました。こうして本来の演歌師の歌からは、遠くなっていきました。
落語、漫画、川柳、演歌.......近代化前後から昭和初期の日本の大衆文化、ポップカルチャーの中には、現代よりも貧しく、自由を制限された時代に生きていたのにもかかわらず、社会を風刺を通して、権力を笑い飛ばす庶民パワーが充満していたと窺えるものが沢山あるかもしれないと思います。
亡き父が日ごろ口ずさんでいた歌の中に”ノンキ節” というユニークな歌がありました。 ”大正時代の演歌師によって歌われていた” とだけ説明してもらった記憶があります。
この歌の歌詞と作者については、こちら (これらの歌が書かれたのは今から100年近く前のことですので、差別的な表現などあるかも知れませんがご了承ください。)
演歌というと独特のこぶしをきかせ、日本人特有の情念や抒情を込めて歌う大人の歌というイメージが強いですが、オリジナルは何と ”演説歌”だったそうです。明治時代に政治を批判、風刺する目的で生まれたプロテストソングで、演説に関する取り締まりが厳しくなった19世紀末に、演説の代わりに歌を歌うようになったのが、演歌の始まりだとか。 明治時代、自由民権運動の活動家が、自分達の演説、メッセージを歌に託して民衆に伝えた街頭活動が演歌とその歌い手である演歌師の発祥だそうです。最初は、路上ライブのように声を張り上げて歌っていましたが、やがてヴァイオリンで弾き語りをしたり、歌詞カードを売ったりして、徐々に音楽的に洗練されたものも出てきたようです。
歌詞の主な内容が権力への風刺ゆえに、演歌師への弾圧が厳しくなるに従い、次第に歌詞の内容だけでなく音楽的にも抒情的なものに変化していきました。日本の伝統音楽である小唄、都都逸、民謡などを習合したものに西洋音楽をミックスして音楽的に多様になりました。歌の内容も男女の関係や人情の機微を哀愁を帯びた短調の曲想で歌うといったスタイルが定着するようになり、こうした流行歌に対して、戦後、政府は歌謡曲という言葉を作りました。こうして本来の演歌師の歌からは、遠くなっていきました。
落語、漫画、川柳、演歌.......近代化前後から昭和初期の日本の大衆文化、ポップカルチャーの中には、現代よりも貧しく、自由を制限された時代に生きていたのにもかかわらず、社会を風刺を通して、権力を笑い飛ばす庶民パワーが充満していたと窺えるものが沢山あるかもしれないと思います。
亡き父が日ごろ口ずさんでいた歌の中に”ノンキ節” というユニークな歌がありました。 ”大正時代の演歌師によって歌われていた” とだけ説明してもらった記憶があります。
この歌の歌詞と作者については、こちら (これらの歌が書かれたのは今から100年近く前のことですので、差別的な表現などあるかも知れませんがご了承ください。)
2013年12月29日日曜日
久しぶりに投稿します
今年も残すところあと3日程となりました。 年々、1年の経過が短く感じられます。2月の初めに母を亡くし、11月の終わりには、父を亡くし、今年はこれまでになく寂しい年になり、喪に明け、喪に暮れた年になってしまいました。最近、久々に”The Beatles”のあるアルバムの中のある曲を聞いてドキっとしました。何の前触れもなく突然終わってしまうのです。こうした突然の暴力的な終わり方がまさに人生みたいだと思わざるを得ませんでした。 どちらもかなり弱っていたとはいえ、私にとっては予期せぬ突然のことで、最期を看取ってあげることができませんでした。
安倍首相がこの年の瀬に、靖国神社に参拝して、内外で大きな波紋を呼んでいますが、ただでさえ険悪になっている中韓との関係がこれ以上悪化すればどうなるのか不安を駆りたてられます。過去の戦争で、侵略のために中国や朝鮮半島などアジアの国々で多大な犠牲者を出し、残忍な加害を与えています。自分の国の過去を恥たくはありませんが、これは同じ地球上に住む人間として、”消すことのできない事実である。”と、認識しておかなければならないと思います。 1972年、時の総理大臣、田中角栄が日中共同声明で中国と国交を回復した時に、中国の当時の首席、毛沢東が、中国国民に対し次の様な事を言って説得したそうです。 ”今まで我々は、中国を侵略し、多数の中国人を殺害した日本を許せない国だと敵視してきた。しかし実は中国の侵略をはかったのは日本の一部の軍幹部と政治家である。大部分の日本人は、我々が被害者であったように、一部の軍幹部や政治家の被害者、犠牲者である。だから我々は同じ被害者である日本国民と友好関係を持とうではないか。” 現在の靖国神社には、犠牲者だけでなく侵略者の戦争犯罪人も共に祀られています。だから、日本のリーダーによる靖国参拝は、中韓など被害を受けた国の人々に大きな動揺を与えるのです。いくら謝っても、今までの外交的な努力もすべて水の泡になるではありませんか.......
安倍首相は、有罪判決こそ受けませんでしたが、A級戦犯容疑者で後に総理大臣にまでなった岸信介のお孫さん。そうした立場から、GHQによって処刑されたA級戦犯の遺族の複雑な気持ちを蔑ろにすることはできないのでしょう。 こういう立場に置かれた人が、しかもこの様な情勢の中で日本のリーダーの立場にいることに不安を覚えます。
今年はどういうわけか投稿が少なくなってしまいました。 来年はもうちょっと頑張って投稿したいと思います。
安倍首相がこの年の瀬に、靖国神社に参拝して、内外で大きな波紋を呼んでいますが、ただでさえ険悪になっている中韓との関係がこれ以上悪化すればどうなるのか不安を駆りたてられます。過去の戦争で、侵略のために中国や朝鮮半島などアジアの国々で多大な犠牲者を出し、残忍な加害を与えています。自分の国の過去を恥たくはありませんが、これは同じ地球上に住む人間として、”消すことのできない事実である。”と、認識しておかなければならないと思います。 1972年、時の総理大臣、田中角栄が日中共同声明で中国と国交を回復した時に、中国の当時の首席、毛沢東が、中国国民に対し次の様な事を言って説得したそうです。 ”今まで我々は、中国を侵略し、多数の中国人を殺害した日本を許せない国だと敵視してきた。しかし実は中国の侵略をはかったのは日本の一部の軍幹部と政治家である。大部分の日本人は、我々が被害者であったように、一部の軍幹部や政治家の被害者、犠牲者である。だから我々は同じ被害者である日本国民と友好関係を持とうではないか。” 現在の靖国神社には、犠牲者だけでなく侵略者の戦争犯罪人も共に祀られています。だから、日本のリーダーによる靖国参拝は、中韓など被害を受けた国の人々に大きな動揺を与えるのです。いくら謝っても、今までの外交的な努力もすべて水の泡になるではありませんか.......
安倍首相は、有罪判決こそ受けませんでしたが、A級戦犯容疑者で後に総理大臣にまでなった岸信介のお孫さん。そうした立場から、GHQによって処刑されたA級戦犯の遺族の複雑な気持ちを蔑ろにすることはできないのでしょう。 こういう立場に置かれた人が、しかもこの様な情勢の中で日本のリーダーの立場にいることに不安を覚えます。
今年はどういうわけか投稿が少なくなってしまいました。 来年はもうちょっと頑張って投稿したいと思います。
2013年5月19日日曜日
母の死後、初めての ”母の日”に寄せて
先週は、12日の母の日、13日の母の死後100日、15日の母の誕生日があり、約3ヶ月と2週間前の母の突然の死からまだ悲しみが癒えない私の感情を感傷的に刺激するも事が続いていました。
今年の母の日は、死後初めて迎える最もブルーな母の日でしたが、母の遺影の横にカーネーションの花を供えました。そして、もし生きていたら5月15日に85歳の誕生日を迎えるところでした。当たり前といえば至極当たり前なことですが、世界で唯、一人の母を亡くした今となっては、もうしてあげられることは何もないという当たり前の現実が再び寂しさと悲しみの感情を増幅します。実家から持ってきた数枚の在りし日の母の写真を眺めながらそんな気持ちを慰めました。近年の老いてからの写真を見ると、今も生きていてどこかにいるような気がして、思わず ”今、どこにいてんの?”などといろいろ話かけてしまいます。死後もなお、癒しと慰めを与えてくれる”母親”の存在の大きさを再認識しました。
今年の母の日は、死後初めて迎える最もブルーな母の日でしたが、母の遺影の横にカーネーションの花を供えました。そして、もし生きていたら5月15日に85歳の誕生日を迎えるところでした。当たり前といえば至極当たり前なことですが、世界で唯、一人の母を亡くした今となっては、もうしてあげられることは何もないという当たり前の現実が再び寂しさと悲しみの感情を増幅します。実家から持ってきた数枚の在りし日の母の写真を眺めながらそんな気持ちを慰めました。近年の老いてからの写真を見ると、今も生きていてどこかにいるような気がして、思わず ”今、どこにいてんの?”などといろいろ話かけてしまいます。死後もなお、癒しと慰めを与えてくれる”母親”の存在の大きさを再認識しました。
2013年4月26日金曜日
ある女流作家の摩訶不思議な体験が現代人に問いかけるもの
最近、面白い本に出会った。 佐藤愛子という大ベテラン作家の ”私の遺言”という作品。著者が70年代の半ばに手に入れた北海道の夏の別荘でポルターガイストやラップ現象のような怪奇現象(著者は心霊現象と捉えている。)に悩まされ、これがきっかけで霊媒体質になり東京の自宅や旅先のホテルでも摩訶不思議な攻撃が執拗に続いた。激しい頭痛や膝の痛みといった肉体的な苦痛にまで発展するなど深刻な状況となった。得体の知れない見えない敵に対して、巷の評判の多くの霊能者の協力を得てお祓いを試みるもなかなか治まらない悪戦苦闘ぶりを描いた著者自身の実体験に基づくノンフィクション(らしい。) 心霊やスピリチュアルといった言葉を聞いただけで ”あほらしい”と言い放つ唯脳論者の人からは、”この作者の頭はおかしい”などと一笑に付してひと蹴りされるだけだろう。
私は普段、小説などはあまり読まないのでこの作品がこの作家との初めてのご縁であるが、佐藤愛子氏は、直木賞、女流文学賞、菊池寛賞などの受賞歴があり、女流文学者会の会長などを務めた文壇の大御所である。こういう立場にある人が心霊などという超常現象を自分の実体験の如く、作品として世に出すことは、それ相当の覚悟と勇気を要したに違いないだろう。この作品の中に記された怪奇現象が本当に実体験だとしたら、”事実は小説よりも奇なり” である。夜通し発生する激しいラップ音、電灯やテレビが勝手についたり、他人が介在していることが考えられない時にガスコンロの上に取り付けられた換気扇が外され床の上に置かれていたり、倉庫に置かれていた何本かのボトルが勝手にテーブルの上に並んでいたり、電話や車のキーがソファの中にかくされていたりといった怪奇を通り越した奇想天外な不気味な現象のオンパレードは、下手なオカルト映画やホラー映画よりも迫力があり恐怖心を煽られる。
多数の有名な霊能者に相談してお祓いや除霊を試みるが、その度に、それを嘲笑うかのように、かえって、得体の知れないストーカーからの攻撃はエスカレートし、著者は、約20年近くも執念深い怪奇現象に苦しめられたそうだ。 こうした心霊現象(?)の質の悪さは、周囲の理解をなかなか得られないことである。周囲の者に相談しても、こうしたことに興味のある人や霊能者以外からはまともに相手にされない。実際、毎日昼夜を問わず執拗な怪奇現象に悩まされていても、同じ場所に他人がいる時はなにも起こらない。 その現象はさなざまな怨霊(?)が絡んでいて複雑なのだが、そのひとつにアイヌの地縛霊と著者の祖先および著者の前世との絡みがあると捉え、佐藤愛子氏は、和人に迫害されたアイヌ民族の怨念の歴史に思いを馳せ始めた。また、このことがきっかけで、宇宙には、この物質世界の他に4次元、5次元といった(いわゆる霊界など)精神世界が存在することを認識し始める。この精神世界は、意識の波動の高低によって細かい階層に分かれているらしい、ということを学び、波動の低い悪質な低級霊を寄せ付けないためには、日頃から精神修養に努め、意識の波動を高めていかなければならないという結論に達したようだ。
次から次へと高名な霊能者を訪ね、様々なお祓いを試し続けて問題の解決を謀ろうとする 著者の行動と、苦しみや困難から逃れ、お金と物と形式で厄介な問題を片付けようとする現代の多くの日本人の姿勢とをかぶせて自虐的に皮肉り、物質世界の価値観にどっぷりつかりこころの波動を低下させている私達への警告をこめたメッセージのように感じる。
この作品の世界をどう受け取るかは人それぞれだろう。スピリチュアルな世界は私も興味を惹かれるが、この作品で著者が最も訴えたい大事なことは、私も目を逸らし疎んじがちだったものなので、 自分の死後の世界の有様を想うと、自分のこころのあり様が少し不安になってしまう。
私は普段、小説などはあまり読まないのでこの作品がこの作家との初めてのご縁であるが、佐藤愛子氏は、直木賞、女流文学賞、菊池寛賞などの受賞歴があり、女流文学者会の会長などを務めた文壇の大御所である。こういう立場にある人が心霊などという超常現象を自分の実体験の如く、作品として世に出すことは、それ相当の覚悟と勇気を要したに違いないだろう。この作品の中に記された怪奇現象が本当に実体験だとしたら、”事実は小説よりも奇なり” である。夜通し発生する激しいラップ音、電灯やテレビが勝手についたり、他人が介在していることが考えられない時にガスコンロの上に取り付けられた換気扇が外され床の上に置かれていたり、倉庫に置かれていた何本かのボトルが勝手にテーブルの上に並んでいたり、電話や車のキーがソファの中にかくされていたりといった怪奇を通り越した奇想天外な不気味な現象のオンパレードは、下手なオカルト映画やホラー映画よりも迫力があり恐怖心を煽られる。
多数の有名な霊能者に相談してお祓いや除霊を試みるが、その度に、それを嘲笑うかのように、かえって、得体の知れないストーカーからの攻撃はエスカレートし、著者は、約20年近くも執念深い怪奇現象に苦しめられたそうだ。 こうした心霊現象(?)の質の悪さは、周囲の理解をなかなか得られないことである。周囲の者に相談しても、こうしたことに興味のある人や霊能者以外からはまともに相手にされない。実際、毎日昼夜を問わず執拗な怪奇現象に悩まされていても、同じ場所に他人がいる時はなにも起こらない。 その現象はさなざまな怨霊(?)が絡んでいて複雑なのだが、そのひとつにアイヌの地縛霊と著者の祖先および著者の前世との絡みがあると捉え、佐藤愛子氏は、和人に迫害されたアイヌ民族の怨念の歴史に思いを馳せ始めた。また、このことがきっかけで、宇宙には、この物質世界の他に4次元、5次元といった(いわゆる霊界など)精神世界が存在することを認識し始める。この精神世界は、意識の波動の高低によって細かい階層に分かれているらしい、ということを学び、波動の低い悪質な低級霊を寄せ付けないためには、日頃から精神修養に努め、意識の波動を高めていかなければならないという結論に達したようだ。
次から次へと高名な霊能者を訪ね、様々なお祓いを試し続けて問題の解決を謀ろうとする 著者の行動と、苦しみや困難から逃れ、お金と物と形式で厄介な問題を片付けようとする現代の多くの日本人の姿勢とをかぶせて自虐的に皮肉り、物質世界の価値観にどっぷりつかりこころの波動を低下させている私達への警告をこめたメッセージのように感じる。
この作品の世界をどう受け取るかは人それぞれだろう。スピリチュアルな世界は私も興味を惹かれるが、この作品で著者が最も訴えたい大事なことは、私も目を逸らし疎んじがちだったものなので、 自分の死後の世界の有様を想うと、自分のこころのあり様が少し不安になってしまう。
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