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2015年4月7日火曜日

シンシア レノンーBeatles の陰で、波乱万丈な人生に振り回された女性

今月1日(日本時間2日)、悲しいニュースが飛び込んできた。 かの有名な故ジョン レノンの最初の奥さんだったシンシア レノン(旧姓パウエル)さんが他界された。75年の生涯の中で4度の結婚と別れを経験され、最期は癌との短くも果敢な闘病の末、スペインの自宅で愛息ジュリアンに看取られたという。

音楽評論家の湯川れい子さんの”シンシアの人生はきっとお辛いものだったでしょうね。”というつぶやきが印象的だった。私も彼女の死を知った時、真っ先に全く同じ言葉が心に浮かんだ。

中学生の時、母と一緒にビートルズの映画を観に行き、初めてスクリーンの上で見たジョン レノンはとてもハンサムでカッコよく、一目ぼれしてしまった。 その時、既にビートルズは解散していて、ジョンは何年も前にシンシアと離婚してヨーコと一緒になっていた。 ジョンは、とんぼ眼鏡がトレードマークになったビートルズ後期以降よりもそれ以前の裸眼でいた若い頃の方が圧倒的にかっこいいと思った。 そんな時期にジョンと熱烈な恋愛をして常に傍にいたというシンシアさんがなぜかとても羨ましかった。  若い頃の彼女は物凄く美人だったが、(写真でしか知らないが) ジョージ ハリスンの最初の妻のパティ ポイドやストーンズのミック ジャガーの当時の恋人のマリアンヌ フェスフルのような人間離れした超絶美女ではなく、どことなくあか抜けない芸能人らしくないところに親しみと好感が感じられた。彼女は謙虚で人柄も素晴らしかったので、ビートルズの他のメンバーや側近のみならず、ビートルズファンの間でも評判が良かった。ビートルズファンによる彼女自身のファンクラブまで結成された程だ。多くのビートルズファン、ジョン レノンファンに愛され、皆がジョンとシンシアの円満で幸せな家庭生活が永く続く事を願わずにはいられなかった。

シンシアの突然の死に際し、小野洋子さんが彼女への追悼とジュリアンへの励ましのメッセージをfase bookで公開したところ、世界中から非難のメッセージが送られ、不評を買っているらしい。悲しみの気持ちを率直に表明したというのに、それだけでバッシングを浴びるとはお気の毒である。 ヨーコとジョンの過去の無神経な言動がどれだけシンシアの感情を踏みにじったものだったかを思うと、非難の声にも一理あると思わざるを得なくなる。 ”ジョンはヨーコと出会って本当の愛を知った”とか”ヨーコのために書いた曲は沢山あるが、シンシアのための曲は全然ない。”などともっともらしく言われているが、これらは、全く事実ではなく、何者かの悪意すら感じる出鱈目な話である。シンシアさんの半生記の中に、若い二人の熱烈な純愛物語が散りばめられていて、微笑ましいエピソードも多数語られていた。ジョンが書いた初期の曲の中に紛れもなく彼女に書かれた作品で、今もなお、瑞々しい輝きを放っている作品が多数存在すると思う。 ただ、ジョンがLSDという薬物に溺れてからは、二人の精神状態や価値観の溝が修復不可能なほど深まってしまった。そこで、ジョンがヨーコの様な自由奔放な女性に遭遇して、彼女の悲劇が忍び寄ったのである。 良い性格と純粋さが災いしたのか、身勝手な男達に振り回され何度も結婚と離婚を繰り返すはめになったが、最期までジョンへの思いは捨てきれない一途で不器用な人だったと思う。

 シンシアさん、天国でジョン レノンと再会したのでしょうか? 苦しみの多い人生だったでしょうが、ずっと息子さんに付き添われ、安らかな最期を迎えられたことは私達にとってもせめてもの慰めです。あなたが逝ってしまった後、世界中のビートルズファンが悲しんでいます。 多くの人々に愛されたシンシアさん、どうか安らかに.......











ジュ リアン レノンによるシンシアの追悼サイト



















2015年1月19日月曜日

日本の文化の故郷はミステリー

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。 最近、若い人を中心に、日本人全体が保守化の傾向にあるとよく言われるが、その影響なのか、日本人と日本の文化に対して誇りを持っている人が増えているように思う。  天皇制、神道そして、日本語といえば、日本人と日本の文化のアイデンティティの象徴の様なものだと思う。 最近、前回の記事で取り上げた”八咫烏”についてネット上で調べていたら、神道や天皇制に関連した興味深い話を知った。 

3種の神器の一つとされている八咫の鏡 (やたのかがみ)は本物の方が伊勢神宮に、複製の方が皇居内に安置されていて、どちらも伊勢神宮の神官は言うに及ばず、天皇でも見ることができない程、神聖不可侵な物ゆえに謎に包まれている。 にもかかわらず、何人かの人がこの鏡を見ていて、その中の1人の人物が裏側にかかれていた文字を写し取り、ある学者が解読すると、それが、ヘブライ文字で ”私は在って在るもの” ("I am that I am"と英訳されているらしい。)という意味の旧約聖書の中のヤハウェ(ユダヤ教の唯一神)の言葉であったという噂が昔からあるという。これについては、本当なのか、所謂、都市伝説の類のものなのか、真相はわからない。

http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/099yata.htm


イラン、イラク戦争の時、サダム フセイン 大統領が記者会見の折、日本の皇室の紋章と同じ、菊花十六紋の付いた腕輪を身に付けていて、ヨーロッパの記者から日本の皇室との関係を尋ねられ、”あなたには、もっと古代メソポタミアの歴史を勉強してもらいたい。 この紋章は、我が国の祖先が、世界最古の文明を築いたシュメール王朝期に用いていた王家の紋章です。”と、返答したそうだ。この菊花の紋章は、メソポタミア、エジプト、イスラエル、インドの地域の遺跡から多く発見されていて、いずれも神、あるいは最高権力者の証として使われていたらしい。オリジナルは、古代シュメール文明の最高神アン(天と光の神)の星の光をイメージで表現した物だといわれているが、果たして、日本の皇室の紋章は、これに由来するのだろうか?

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/242.html


昔から、日本人とユダヤ人の生活習慣、神道とユダヤ教、日本語とヘブライ語の類似点が多数指摘され 一部の人々の間で ”日ユ同祖論” が根強く支持されている。確かに、宗教関係、文字や言葉に類似点が多く興味深い。単なる偶然と片付けるのには勿体ない気がする。日本人の祖先イコールユダヤ人という理屈には無理があると思うが、シルクロードを通じて、古くから中東方面の文明や文化が伝わり、それらが日本の文化の形成に多大な影響を与えたとしても不思議ではない。更に人間の集団も共に渡ってきて日本人の中に同化した者もいたのだろう。(古代イスラエルの失われた10支族の末裔?~秦氏?)


国歌 ”君が代”や、日本人が古くから親しんできた民謡、童謡の中にはヘブライ語由来のものが少なくないと指摘する人もいるようだ。ただのこじつけじゃないのと、言われればそれまでだが、”本当にヘブライ語でこんな風に解釈できるのだとすれば、興味深くて面白い。

http://hontodesuka.com/%E5%90%9B%E3%81%8C%E4%BB%A3/

http://hontodesuka.com/%E3%81%8B%E3%81%94%E3%82%81%E3%80%80%E3%81%8B%E3%81%94%E3%82%81/

http://hontodesuka.com/%E3%81%95%E3%81%8F%E3%82%89%E3%80%80%E3%81%95%E3%81%8F%E3%82%89/


http://hontodesuka.com/%E3%83%98%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E8%AA%9E-%EF%BC%88%E3%83%98%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%A0%EF%BC%89%E6%96%87%E5%AD%97%E3%81%A8%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%81%AE/


http://hontodesuka.com/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%A8%E3%83%98%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E8%AA%9E%E3%81%AE%E9%A1%9E%E4%BC%BC/


近年、籠(この)神社 という非常に古く由緒ある神社の宮司である海部毅定氏は、彼の著作 ”元初の最高神と大和朝廷の元始” の中で、オリジナルの神道は一神教であったことを明言しているようだ。 また、ウィキペディアの”日ユ同祖論”によると、これまで極秘であったこの神社の裏家紋が最近公開されたが、ダビデ王の紋章である六芒星であったという。

http://ameblo.jp/kaze262/entry-11898077890.html

http://ameblo.jp/kaze262/entry-11898083814.html

http://ameblo.jp/kaze262/entry-11898086972.html

敗戦後まもなくGHQが、仁徳天皇陵を極秘に発掘していたそうだが、この天皇陵の形が、行方不明とされているイスラエルの3種の神器の1つである”マナの壺”の形に酷似していることから、マナの壺を探すために発掘したという噂もある。

http://genryu.at.webry.info/201208/article_1.html


日本と古代イスラエル(ユダヤ) の類似点はこの他にも多数あるらしいが、日本人の祖先=ユダヤ人の理論は飛躍しすぎているとしても、日本古来からの由緒ある文化でさえ、近隣諸国のみならず、遥か彼方の異民族の文化と融合し、この国の事情や風土に合わせて変化、形成されてきたことは事実だと思う。日本の宗教、文化、言語は、古来から、私達が認識している以上にインターナショナルなものだった。それが日本の文化の特質のひとつなのかもしれない。

西洋社会の中で、迫害、差別されてきたユダヤ人は、先進国の中では、唯一、日本人だけに好感を持っており、 日本を”東洋のイスラエル”と感じているという。日本に来たユダヤ人の多くは、初めての訪問でさえも、日本に親しみを感じ、故郷のような懐かしさを感じるという。日本人がユダヤ人から分かれた親戚のように直感していて、そもそもは、”日ユ同祖論”なるものは、ユダヤ人の方から、広まったらしい。 一方、ユダヤ教徒の宿敵、イスラム世界の人々も日本人を非常に尊敬しているという。アニメや漫画も彼らの間では人気があり、礼儀正しさ、、義理、人情といった日本人の美徳とされているものにも共感し、欧米の植民地主義に屈せず独立を守った日本の歴史や皇室の伝統に畏敬の念を抱き、日本を理想社会とまで見ているそうである。イスラエルとイスラム世界の衝突は永く続く、世界の中で最も解決困難な問題であるが、殆どの日本人にとっては、遠くの世界の出来事であり身近に実感し難い問題だ。一方、ユダヤ人とイスラム世界の人々は、共に日本人に親近感と好感を持っているという共通点がある。この難問題の解決に向けて日本が果たす役割は何かというヒントが、中東に由来しているかもしれない日本の古来からの宗教、文化、歌の中に秘められているかもしれない。




*イスラム世界とは、イスラム教徒が中心となっているイスラム諸国のことであり、現在、日本人を人質にとって、巨額の身代金を要求している過激派、暴力組織 ”イスラム国”ではありません。




















2014年12月15日月曜日

国が密かに抱える陰陽師集団 学校では教わらない日本の秘密?

今日は衆議院議員選挙ですが政治に疎いダメ子さんの私は誰に投票するかでいつも迷ってしまいます。言わずもがなですが、日本は、国民に政治参加の権利を憲法で保障している立派な民主主義国家です。(少なくとも表向きには) ですが天皇はじめ皇室の方々は、政治参加の権利もなく、戸籍さえ存在しません。日本国憲法第一条に、天皇が”象徴”の地位にあり、また今後もその地位にあり続けるかどうかは国民の総意に基づいて決定されると記されているそうですが、”象徴”という抽象的な言葉でお茶を濁されている様な印象を持たざるを得ないことは否めません。天皇、皇后そして他の皇室の方々は様々な公務で実に多忙な日々をすごされていることは多くの国民が承知しています。しかし歴代の天皇が遥かな古代より粛々と執り行ってきた神道祭祀が今上天皇においても天皇としての最重要任務であることは国民に公に知らされていません。日本神道の最高神官が古代より天皇ということになっていて、殆どの日本人はそんなことに興味がありません。政治的な権力こそ持ちませんが、世界的には、ローマ法王、エリザベス女王と並ぶトップ3の権威のある人物ということになっていて、オバマ大統領など各国首脳も非常に恭しく接しているそうですが、天皇に宗教的な法王としての性質があることを理解しているからかもしれません。

天皇の仕事は公務関係など公開される部分、祭祀関係など公開されない部分を合わせて非常にハードな物であることは容易に想像できます。祭祀など宗教的な儀式は、他に用事があるとか体調が悪いといった人間の都合でさぼれません。しかし現実には、外国訪問などがあり、天皇一人が完全に執り行うことは不可能です。そんな天皇の祭祀儀礼を裏から支える集団が古代から現在に至るまで連綿と秘密結社として存在するそうです。その集団は”八咫烏 (やたがらす)”と呼ばれていて、平安時代に実在した陰陽師 ”安倍清明”もその集団に属していたとも言われています。古代から現代に至るまでこの国の最高機密のひとつなので、一昔前ならこんなところに公開できるものではなかったようです。(笑) 八咫烏は日本神話の中で神武天皇の東征の際、熊野国から大和の橿原まで道案内をした三本足のカラスで、導きの神とか太陽の化身として信仰されているそうですが、かの秘密組織の名もこれに由来していると思います。

秘密結社 ”八咫烏”は、国体の保持と天皇を守ることを使命に、古代から連綿と続けられてきた神道儀式、陰陽道、宮中祭祀を裏で執り行い、構成委員は、一生、表に出る事なく陰に隠れて、生涯をその使命に捧げるという。 もちろん彼らに関する資料もデータも全く公表されていませんが、直接、組織の代表者に取材した人の話などがネット上に多数流出していたり、最近では、組織自らが作成したウェブサイトも公開されていて、誰でもその存在を知ることができるようになりました。
総勢70人前後と推測されており、この中の指導層24人を24烏、その中の幹部層12人を12烏、さらにトップ3の3人を金鵄と呼んでいるそうです。(三羽烏という言葉は、ここに由来するらしい。)そして、何と指導層の24人は、戸籍もなく、氏名も持たない人々なのです。彼らは子どもが生まれても届け出はせず、幼少の時から神道儀式全般、陰陽道、迦波羅を徹底的に仕込み、使命を果たす一員に育て上げるといわれています。この組織関係者の生活費など必要経費は国家予算から支払われています。戸籍も氏名もない奇妙な公務員ですね。(皇室も同じかな。)

 この3名の金鵄の地位にある人物は別名、裏天皇と呼ばれていて、決して表の舞台に立つ事はありませんが、この国の政治、経済など多方面において絶大な影響力をもっているとか、はたまた、裏から日本のみならず世界を操っているなど、興味をそそられる噂や憶測がネット上に多数見受けられます。迦波羅というと”カバラ”というユダヤ教の神秘思想を思い起こさせますが、それが起源ではないでしょうか。カバラとか陰陽道というと単なる神道儀式だけではなく、予言、占術、呪術などオカルト的な秘密結社という印象を与えてしまいます。彼らが出した神託には総理大臣といえども逆らえないのかも.......難しい政策決定には、国が保護しているこのスピチュアル系秘密組織の陰の援助に頼るのでしょうか? 21世紀の現代でも、裏では3世紀の卑弥呼の時代と変わらぬ呪術、祈祷を重んずるオカルト国家の性質を密かに残していたのですね。日本列島に人々が住み着いた時から、地震、津波、台風、水害、火山噴火と多くの自然災害に日本人は苦しめられてきたので、こうしたオカルトシステムも必然から生まれたのでしょうか。 彼らは私達の平和と安全のために密かに祈り続けて下さっているそうです。








2014年11月17日月曜日

浦島太郎の昔話は実体験だったのか?

去年、アメリカ国家安全保障局の個人情報収集の手口を外国のメディアに暴露して、現在アメリカ当局からスパイ容疑で刑事追訴されている元CIA職員エドワード スノーデンさんが、奇想天外な仰天情報を”インターネット クロニクル”というニュースサイトにリークしたとしてネット上で話題になった。”地球のマントルの中に人類よりも知能の高い種族が存在している。” という”地底人”に関する機密文章の存在とその内容を暴露したという。日本を含む世界中の殆どの主要メディアはこれを一切無視している。常識的な人間は、こんな昔のSF物語のようなことを真に受けることはない。多くの人は彼が自身の身の安全のためにわざとトンデモ情報を流して、狂人を演じているのではないかと解釈した。しかし一部のオカルトファンの間ではとてもロマンのある話だとして騒然となった。 スノーデンさんによれば、”その知的生命体は、我々とは全く違った温度帯で生きていると思われるが、加速度的に知性を繁栄させ進化を遂げた。 大統領は地底人の活動に関するブリーフィングを日々受けている。アナリストの意見では地底人からすれば、人類は所詮 ”アリ” に過ぎないので、彼らが我々とコミュニケーションを取ろうとすることも、仲間意識を持つこともない。ただ、もし戦闘状態が生じれば、我々よりも数万年進んだ技術を持った彼らを相手に生き残れる可能性はない。”ということだ。

http://oka-jp.seesaa.net/article/368787005.html


昔から架空の話や伝説の中で地底世界 のことが様々に語られ人々の想像力とロマンを掻き立ててきた。 チベット密教の教義によるとヒマラヤの奥地に地底王国 ”シャンバラ”という名の楽園があるという。シャンバラには悟りを開いた仏陀が多数いて、住民は地上の世俗から離れ、幸福な生活を送り、文字通りの理想郷を実現しているといわれている。西洋では、北欧神話の中で語り継がれてきた地下世界”アースガルド”に結び付けられ、この地底王国の楽園を”アガルタ”と呼んでいた。


アメリカの作家WG. エマーソンが1908年に 、95歳の元漁師から聞いた、奇妙な地下帝国の旅行体験談をもとにした小説を発表した。 1829年、ノルウェーの漁師、オラフ ヤンセンが父と共に、北の極地にあるという伝説上の理想郷を目指して航海に出たが、北極圏に到達すると凄まじい暴風雨に巻き込まれてしまった。その後気がつくと、巨大な舟が出現して4メートル近い巨人に救助され、地底世界に迷い込んでいた。 この地底世界の住人達は彼ら親子に親切で、様々な所を案内してくれたという。地上よりも豊かな生活と進んだ文明を享受していた地底人はとても長生きで、平均寿命は、800歳に達していたという。親子は、2年間、地球内部の世界を楽しんだが元の世界に帰る決心をして、地底人の案内に従い南極海に出ることに成功するが、帰路で遭難してしまう。この時父を亡くし、土産にもらった多くの金塊も沈没させてしまった。オラフ ヤンセンは、奇跡的に捕鯨船によって救出されたが、誰も彼の話を信じず、狂人扱いされてしまった。 昔から北極海近辺ではヤンセン親子と同様の体験をしたという船乗りが少なくないといわれているそうである。

他にも、地底世界に迷い込んだのではないかと噂されている有名な話がある。1947年2月、アメリカ海軍のリチャード E バード少将は、北極調査のため、北極上空を飛ぶ飛行機の操縦をしていた。 その時、天候が急変した。視界が霧に遮られ、飛行機の高度計が下がり続け、墜落の危険の中でSOSを発信しようとした瞬間、信じられない光景が眼下に広がっていたという。 うっそうと樹木が生い茂るジャングルが広がり、マンモスそっくりの動物や、巨大な穴から超スピードで飛翔していくUFOの姿や都市のようなものまで目撃したと基地に報告していたそうだ。 また1947年にアメリカ海軍が4700人もの人間を送り込み、”ハイジャンプ作戦”と称した大規模な南極調査を遂行した。この部隊の総指揮官を務めたのがバード少将だったが、飛行機の墜落や消失といったトラブルが続き、バード少将本人までが長時間行方不明になる事件が起こり、早めに切り上げられてしまったという。 作戦終了後、少将は外国の新聞に、”極点を越えて大いなる未知の世界の中心を見た。アメリカは、緊急に防衛措置を講ずる必要がある。新たな戦争が起きればアメリカは、南極から北極まで恐るべきスピードで移動する飛行物体の攻撃を受けることになる。” というコメントを寄せたそうだ。 その後、彼は精神病院に送られ、1957年に死去したといわれている。



バード少将の奇妙な体験は1964年、哲学者、レイモンド W  バナード 博士が発表した本の中で語られていた。 バード少将は地球内部の異世界に迷い込んだというもので、”地球空洞論”という奇想天外な理論に基づいている。その理論によると、地球の内部は空洞で、中心には小さな太陽があり内部の世界をあまねく照らしている。 しかも、表面の世界と内側の世界は、両極に開いた大穴でつながっており、往来可能だという。 しかし、地球科学が発達した今、こんな説を信じる科学者はいない。地球内部の構造を見ることは現在でもできないが、地震波の伝わり方の分析などで、空洞部分など存在しないことがわかっている。 ところが飛鳥昭雄氏の著書によれば、地球内部のプラズマから生じた亜空間(地上の物理法則が通用しない世界)が存在し、そこに地球を一回り小さくしたような天体が浮かんでいる。その天体を米軍は”アルザル”と呼んでいるとか。 ほんまかいな.......そんなこと”アラザルことやんか”と下手なダジャレが思わず飛び出してしまう.............. この亜空間と地球空洞理論に興味があれば、氏の著書を読んでみて下さい。 昔からチベットの地底王国のシャンバラ(アガルタ)伝説は世界の時の権力者を惹きつけてきたようだ。 ドイツのヒトラー、ロシアのスターリン、アメリカのルーズベルトなどが競い合うように、探検隊を送り込むなどして、真剣にこの異世界を探していた時代があったらしい。 チベットのポタラ宮殿の地下とこの異世界の王国が繋がっているという噂があり、中国共産党がチベットの独立を認めず執拗にこだわる背景には、地政学的な物の他にこうした事情があると、飛鳥氏は指摘している。 氏の著作によると、ダライラマ14世は、”シャンバラは空想の世界ではなく実在する世界です。しかしそこに行ける切符はそうたやすく手に入りません。とても高価なものですが、徳を積む行為を通じて実現します。”と公言しているという。




地底人や地底王国の実在は科学的に全く立証されていないが、私のようなオカルトばかにとっては、夢があり興味深い話である。青年が海底の異世界を訪れ戻った時には老人になっていたという昔話を思い出させてくれる。 ”長寿の地底人が地上に出た途端、紫外線などの有害物質の影響で急に老化するのを恐れて、簡単に地上に出てこないのではないか?”と言う人もいる。乙姫様の魔法の玉手箱をうっかり開けてしまった太郎のように.......しかし地底世界なるものが本当に実在するなら、地上の人間が、環境破壊、核などで地底世界の住人に迷惑をかけ続けると、私達を駆除する作戦を選択する恐れが.......浮世離れした戯言に長い間お付き合い頂き、どうもありがとうございました。









2014年7月26日土曜日

頑張れNスペ -stap細胞 不正の深層

明日の日曜日(27日)の午後9時からNHKスペシャルで"stap細胞"の不正問題を取り上げると聞いて楽しみにしていたのですが......ところが2,3日前に、.NHKの突撃取材で小保方氏が負傷を負ったことに対して、代理人の弁護士からNHKが抗議を受け謝罪したというニュースを知り、この一件で番組が他の物に差し替えられるのではないかと心配しましたが、予定通り放送されるとのことでほっとひと安心しました。 ただ、NHKが小保方氏側の訴えるという脅しに怯えて、内容を歪めてピント外れな物に落としていないか気になります。 こんな時に暴走したNHKの記者にもいら立ちますが、”右腕が痛くて実験に支障がでる”なんて声明を弁護士に発表させた小保方さんは、やくざまがいの言いがかりをつけて、またまた責任逃れをしようとしているように思えてなりません。次は怪我の後遺症で.......と来るのですかね。

未だに、日本のインテリ層に最も読まれているという伝統あるメジャー新聞が、この問題に関して少しトンチンカンな記事をだしていて落胆させられます。stap細胞が存在する可能性を示して無責任な幻想を抱かせ続けようとしています。まだ完全に解明されていませんが、最近の理研CDBと若山さんの解析から新たに得られた結果は、不正が予想よりもより複雑で悪質なものであることを示唆しているのです。この新聞によって全く逆な方向に書きかえられていて、その都度、代理人の弁護士は、無実が晴らされていくかの様なコメントを発表しています。 ちなみに最近この新聞社は ”天声人語書き写しノート”なるものを販売しています。この新聞の朝刊一面のコラム”天声人語”の文章を書き写して、時事力、文章力、読解力、語彙力、集中力を身に付けさせるのが狙いだとかという商品、思考力が付き頭が良くなるという宣伝文句も見かけました。戦時中の教育勅語の奉読みたいで気持ちわるーい.......自社の社員の文章をお手本にして万人に模写させる.......どこかの隣国で一番の権力者を自国民に将軍様と崇めさせているのを笑える?  傍からみれば滑稽ではないかな。

理研が行っている"stap細胞"の検証実験の中間報告が迫っているようです。どのような報告がなされるのか判りませんが、国民は今までの様に騙されないように注視しなければなりません。 そのためにもNHKの番組に頑張ってもらいたいです。期待しています。どこまで不正の本質に迫れるのでしょうか。今もなお、逃げ回っている、事件の黒幕と噂される人物にまで及ぶことができるでしょうか?












2014年6月16日月曜日

Badfinger-Beatlesの陰の悲劇のバンド(3) 

ワーナーブラザーズからの2作目のアルバム ”wish you were here"は、彼らの円熟した音楽的魅力が詰め込まれた傑作アルバムだったのですが、レコード会社とのトラブルにより、あまり日の目を見ることなく店頭から消え去りました。ワーナーとの契約でアルバム制作のノルマが課せられていたこともあり、前作の発売後まもなく、次作アルバム"Head first"を短期間で完成させましたが、レコード会社に発売を拒絶されました。 マネージャーがアルバム制作費としての支度金を横領した疑いがもたれたため、ワーナーは、"Badfinger"に関する商品の販売、発売を一切中止して、マネージャーとバンドに対して、訴訟を起こしました。1975年初頭には彼らのレコードは店頭から全て姿を消しました。

マネージャーは行方をくらまし、それぞれのメンバーは収入が完全に途絶え、ガソリンスタンドでアルバイトをしたり、友人宅で居候の身となったりで路頭に迷うことになりました。中でもリーダー格のPete Hamは最後までマネージャーを信頼していたので、彼の裏切りに対するショックと怒りで激しく動揺しました。更に、恋人と生まれてくる子どものために購入した新居のローンの返済のことも追い打ちをかけました。 絶望の中、酔った勢いで、自宅のガレージで自らの手で生涯を閉じるという最悪の選択をしてしまいました。1975年4月24日、27歳でした。一か月後には恋人が女の子を出産し"Petera"と名付けました。



この事件をもってバンドは一旦、解散となりましたが、Peteの悲劇的な死から3年後の1978年にTom EvansとJoey Mollandが中心となり再結成されました。1979年にアルバム"airwaves"、1981年に"Say no more"をリリースしましたが、その後、TomとJoeyは不仲になり別々に活動し始めました。それぞれのバンドが"Badfinger"と名乗り、同じ名前のバンドが2つ存在するというややこしい事になりました。1983年の秋頃、二人の対立は名曲"Without you"の印税をめぐって激化しました。それに加えて他のトラブルも抱え込んでいたTomは、精神的に不安定となり、2番目の悲劇の人となりました。1983年11月19日、自宅の裏庭で自ら命を絶ちました。36歳、妻と息子が遺されました。








90年代に入り廃盤となっていたオリジナルアルバムが次々とCD化されて再発売されるまでは、普通のレコード店で彼らのレコードはほとんど見かけることはありませんでした。90年代の初頭に、アップルとワーナーの作品が次々とCD化され、"Badfinger"の音楽が再び市場に帰ってきました。95年には、アップル時代の懐かしい曲を集めたベストアルバムも発売されました。97年には、75年に亡くなったPete Hamのソロアルバム"7Park avenue"がリリースされて,CDショップで見つけた時は驚きました。Peteの10代の頃の下積み時代から晩年までの自宅でのデモ録音の作品を集めたアルバムで、言葉で言い表せない胸に迫るものがありました。99年には、第2弾ソロアルバム"Golders Green"が発売されました。













1990年代に入り廃盤となっていたオリジナルアルバムがLPレコードからコンパクトディスクとして次々と復刻され、ベストアルバムもいくつか発売されました。この復活は、リアルタイムで聞いた世代に、長く連絡の途絶えていた旧友との再会のような感動的な懐かしさを与えてくれました。一部の熱心なファンを除き、一般に”B級バンド”、”悲劇のバンド”としか評価されず、洋楽ファン、ロックファンの記憶から永く忘れ去られていましたが、アルバム復刻がきっかけとなり再評価の波が起こり、”パワーポップの元祖”とまで評価されました。それに伴い、新たに多くの若いファンも獲得しました。

2005年10月にオリジナルメンバーのMike Gibbinsが突然死により他界しましたが、唯一健在のオリジナルメンバー"Joey Molland"は現在も自身のバンドを”Badfinger"と名乗り活動しています。Pete, Tom, Joey, Mikeの黄金期の4人のメンバー揃っての復活は今となっては不可能ですが、彼らの親しみやすく瑞々しいポップセンス、哀愁を帯びたメロディーはこれからも永く残ることでしょう。多くのアーティストが彼らの曲をカヴァーしています。

















2014年6月10日火曜日

Bad finger-Beatlesの陰の悲劇のバンド(2)

"No matter what", "day after day", "baby blue"と立て続けにヒット曲を放ち、更にニルソンがカヴァーした彼らのオリジナル曲without you"も世界各国でNo.1ヒットとなり1971年から72年にかけて素晴らしい成功の時期となりました。 しかしこの時期、Beatlesという経済観念の乏しいアーティスト達がオーナーであるアップルレコードの財政状態が悪化の一途を辿り、彼らのもとには印税が殆ど入らない上に、悪徳マネジャーに収入の大半をピン撥ねされていました。バンドのメンバーはこの時期に及んでも苦しい生活を強いられ、下積み時代と同じ借家に住んでいました。





アップルレコードの財政状態に不安を感じていたマネジャーは、ワーナーブラザーズと莫大な金額でレコーディング契約を取り付けることに成功しました。バンドのメンバーに”大金持ちにしてあげるよ”と、ワーナーへの移籍を勧めました。しかしアップル側は、Beatles以外では彼らが一番の売れ筋バンドだったので、この移籍を渋りました。1974年に発表されたアップルでの最後のアルバム"Ass"の発売に際して、いろいろな嫌がらせをしました。ロバが大きな人参に誘惑されて進んで行くイラストがアルバムジャケットに使用され、ワーナーブラザーズとの莫大な契約金で移籍する彼らを露骨に当てつけ皮肉りました。またアルバムタイトルの"Ass"(ロバ)は俗語で尻とか馬鹿とか侮辱的な意味もあるそうです。発売も大幅に延期されプロモーションもされませんでした。私もそんなアルバムが出ていたことは当時全く知りませんでした。







前作の”straight up"から約2年以上のインターバルを経てリリースされたアルバム”Ass"は、セールスが芳しくありませんでした。アップルからリリースされたこのアルバムの他に、1974年には、移籍したワーナーから2枚のアルバムを立て続けに発表しました。ワーナーからの最初のアルバム"Bad finger"(邦題 涙の旅路)もセールスに失敗して、彼らの人気は、衰退の一途を辿っていました。この頃、マネージャーの金銭管理に対する不信感などを巡って、メンバーの対立、摩擦が顕在化して、Pete HamとJoey Mollandの二人は互いに入れ替わるように一時的にバンドを脱退しました。元のメンバーが揃ってレコーディングしたアルバム"Wish you are here"(邦題 素敵な君)がワーナーからの2作目として74年秋にリリースされました。しかし、マネージャーが起こしたレコード会社との金銭トラブルによりマネージャーとバンドが訴えられる事態となり、発売後直ぐに店頭から引き上げられ消されてしまいました。そんな訳でセールス的には最悪でしたが、このバンドの最高傑作と言われる程の出来栄えでした。











次回に続きます。